タイトル 小さな世界

//////登場人物//////

彼 ♂
生活保護者の男、40代後半。

ボブ ♂
黒人のホームレスの男。ギターをひている。30代。

マリー ♀
彼と同じく、生活保護の女性。ボランティアをしている。20代後半

アンナ ♀
ジェシーと一緒に居るホームレスの女性、落ち着いた感じの、黒髪ロング20代前半。

ジェシー ♀
アンナと一緒に居るホームレスの女性、やや感情的なところがある、金髪セミロング20代前半。

語りべ&神 不問
語り部と神様です。少年でも少女でもOKOKです。

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キャスト表

彼:

ボブ:

マリー:

アンナ:

ジェシー:

語り部&神:

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語り部

「随分と浮かない顔をしているね?

 人生に疲れた?

 人と関わるのがもう怖い?

 自分には価値が無いと思っている?

 そんな君に、ひとつ話を聞かせてあげるよ。

 何者か気になるって?

 それはね・・・ふふ、いまは内緒にしておくよ。

 じゃあ、話を始めようか・・・」



「社会に出なくなって、もうどれほどたつだろう?10数年はたったはずだ・・・。
 10年くらい前はそう、10年後になれば、少しはやる気か出るかもしれない、今とは違った気持ちになるかもしれないなどと思いつつ、
 自分に出来そうなことをやってみていたが・・・気がつけば、こんな年齢だ。そう私は生活保護者なのだ」


今日も寒い、私は家が無くて、凍えている人に何かできることは無いかと、ポットに入れたコーヒーを配っていた。
その帰り道、駅前で倒れている人を見つけた。


「おい!おい!しっかり!」

彼M
反応が無い・・・。脈を取ってみる・・・ちゃんとある。だが、体温がかなり高かった。


「と、とりあえず救急車を!」


ボブ
「うっ・・・ここ、、は・・・?」


「おや、気がついたかい?」

ボブ
「あん、たは?」


「ああ、私は、倒れている君を見つけてね、救急車を呼んだんだ」

ボブ
「そうか、助けて、くれたのか」


「いや、当たり前のことをしただけだよ」

ボブ
「俺のギターは・・・?」


「ああ、そこにおいてあるよ、安心していい」

ボブ
「そう、か・・・」


「君の名前は?」

ボブ
「ボブ、だ・・・。悪い、少し眠くなってきた・・・」


「そうか、ゆっくり休むといい」



ボブ
それから、俺は病院を退院していつものように路上でギターを弾いていると
彼がやってきた。



「やぁ、ボブ、ギターを聞きに来たよ」

ボブ
「お!よくきてくれたな!・・・まぁ、聞いてくれよ!」


「うまいね」

ボブ
「そうでもねぇよ、現にこうやって、小銭を稼ぐのが精一杯だ」


「そうかい?私は好きだけれどな」

ボブ
「ありがとうよ、あんたの好きなジャンルとかはあんのか?」


「意外とね、ロックが好きなんだ」

ボブ
「ロックか!いいねぇ、んじゃいくか!」




「いいね、私もギターを持ってはいるんだけどね、君みたいに弾けないのが残念かな」

ボブ
「そっか、でも、俺は嬉しかったぜ、認めてくれる奴がいて、さ・・・」


「傷の舐めあいかもしれないけれど、共有するというのは大事だと思うんだ」

ボブ
「共有、か・・・」


「よかったら、家に来るかい?狭いアパートだけど」

ボブ
「・・・いいのか?」

ボブ
「なぁ、あんた、なんで俺を助けてくれたんだ?みんな無視して通り過ぎていってたのに・・・」


「善きサマリア人の話は知っているかい?」

ボブ
「いや・・・知らないな」


「ある人がエルサレムという大きな都からエリコという町へと下っていく途中、追いはぎに襲われてしまいました。
 追いはぎは その人の持っているもの全部と着ていた服を剥ぎ取り、殴りつけ、半殺しにしたまま行ってしまいました。

 ある祭司がたまたまその道を下ってきましたが、息も絶え絶えのその人を見ると 道の向こう側を通っていってしまいました。
 それからしばらくして、レビ人もやってきましたが、その人を見るとやはり道の向こう側を通って行ってしまいました。

 しかし そのつぎにそこを通りかかったサマリア人は倒れているその人を見ると、気の毒に思い、近寄って傷に油とぶどう酒を注ぎ、
 包帯をして自分のロバに乗せ、宿屋に連れて行って、介抱しました。

 そして その翌日、デナリオン銀貨2枚を取り出して、宿屋の主人に渡してこう言いました。
 この人を介抱してください。費用がもっとかかったら 帰りがけに払いますから」


ボブ
「なんだか、牧師みたいだな、あんた」


「私は牧師ではないよ、そんな教養もないし」


そんな話をしながら歩き、私はボブを自分のアパートへと連れてきた。


ボブ
「いやぁ、助かるぜ、外は寒いからなぁ・・・」


「少し狭いけれど、悪いね」

ボブ
「いやいや!外より全然ましだぜ!・・・でも、なぁ、俺、金ないから、家賃とか払えないぜ・・・」


「ボブ、君は、ギターを弾いてるね」

ボブ
「ああ、見ての通りな!」


「家賃の代わりにというなら、ちょっと教えてくれないかな?」

ボブ
「おっ!もちろん良いぜ!・・・で、ギターはどれだ?」


「ああ、これなんだ」

ボブ
「SGか!?良いもん持ってるな」


「まぁ、若い頃に買ってね。でも全然使ってない、というか、練習が出来なかったんだ・・・」

ボブ
「忙しかったのか?」


「いや・・・。本を読んだりしてもいまいちでね、、どうも、独学が駄目らしい」

ボブ
「いまからでもやってみれば、なんとかなるさ」


「私は、もう遅いさ、もう、ね・・・。40後半でもうすぐ50だ。生活保護だってかなりのあいだもらっている」

ボブ
「俺は、年齢なんて関係ないと思うぜ?」


それから、数日間、ボブにギターを教えてもらっていたが、なかなか上達はしなかった。


「すまないね、物覚えが悪くて・・・」

ボブ
「いや!・・・うーん、ま、まぁ、なんとかなるさ!」


「はは、ありがとう、ちょっと、散歩に行って来るよ」



雪の降るなか、散歩に出た私は、、公園内に入り、その途中の道でふと足を止めた。
茂みの奥に、誰かが居るような気配を感じ、そこへと向かった。



「お、おい、しっかりするんだ!」


そこには、二人の女性が薄着で倒れていた。周りには酒の瓶が何本も転がっていた。
救急車を呼び、二人の手を握りながら、私は言葉をかけていた。
そのときに、どこからともなく声が聞こえたのだ・・・。


「助かるのは一人だけです」


「一人、だけ・・・?」


「そうです、どちらを助けるべきか、あなたが選びなさい」


「そんな、こと、私には、私にそんなことを決めることなんて出来ない!神よ!私はどうしたらいいのですか!?」


「・・・選びなさい」


「私の命を与えても良い!だから、二人を助けて欲しい・・・」


「見ず知らずの人のために、あなたは自分の命を差し出すと、そういうのですね?」


「二人ともが助かるのならば、私は元々、あまり生きる価値のない人間だから」


「社会の役に立てない人間だからですか?」


「・・・はい」


「では、あなたが助けた人はなんなのです?今助けようとしている彼女達は・・・?」


「わたしは、そんなに出来る人間ではないから」


「あなたがいなければ、彼らはどうなっていたでしょう・・・。あなたは、彼らにとっての隣人なのではないですか?」


「・・・わたしは・・・」


「生きなさい」



「それから、救急車が来て、君達は二人ともが助かった」

ジェシー
「なんで・・・」


「ん?」

ジェシー
「何で助けたのよ!?」

アンナ
「ジェシー・・・」

ジェシー
「私たちは死のうとしてたのよ!自分からねっ!!助けたって、その後あなたに何が出来るのよ!?・・・勝手なことっ、しないでよっ!!」



「あれが、神の声だったのかどうかは、私にはわからないが、そう聞こえたんだ。・・・幻聴だったのかもしれないけど・・・」

アンナ
「・・・ありがとう」


「よかったら、君たちの事を話してくれないか?」

ジェシー
「聞いて、どうするのよ・・・?どうせ、どうせなにもしてくれないくせに!!」

アンナ
「ジェシー・・・」

ジェシー
「・・・ごめん」

アンナ
「私たちは、レズビアンなんだ」


「同性愛者か・・・」

アンナ
「それが原因で、二人とも家から勘当されて・・・」


「それで自死をしようと?」

アンナ
「・・・そう、お酒を沢山飲んで・・・」


「・・・・」

アンナ
「今の季節の寒い日になら、死ねるかなって思って・・・」


「君達にも生きる意味があるはずだ・・・私自信はその 声 が聞こえたときに気がついた」

アンナ
「生きる、意味・・・」


「そうだ、きっとあるはずだ。今はなくとも私のように何かのきっかけで、意味ができるはずだ」

ジェシー
「・・・アンナと一緒に居る、死ぬときもずっと・・・」

アンナ
「私も、ジェシーと一緒にいるよ、いつまでも、ずっと・・・。でも、もう職もないし・・・」


「君達は、働いてないのかい?」

ジェシー
「最初は、働いてたの、二人とも・・・。でも、私は体が弱くて・・・長く働けなくて・・・あるとき倒れて、それで・・・。
 それからはアンナが一人でがんばって、くれて ・・・」

アンナ
「ジェシー・・・」

ジェシー
「アンナは、そのせいで、うつ病になって・・・」

アンナ
「・・・住む場所も、もうないから」


「ホームレスなのか・・・」

ジェシー
「・・・悪いっ!?」


「いや・・・誰にでもそうなる可能性はあるよ・・・。私だって生活保護者なんだ」

ジェシー
「アンナは私のせいで、、っ・・・」

アンナ
「ジェシーのせいじゃないよ!」

ジェシー
「でも、好きなこともできなくなっていって!!今ではなにしててもつまらなそうじゃない!」

アンナ
「そんなことない、私にはジェシーがいれば、私はジェシーがいれば、幸せ、幸せ、だよ・・・」

ジェシー
「私がやらなきゃ、私がって、そればかり言って、無理して・・・。・・・私のせいなんだ・・・」

アンナ
「無理できたのは・・・ジェシーがいたから、だよ」

ジェシー
「私たちの、幸せ・・・う、っ・・・えぐっ・・・アンナの無理に笑う顔、もう、みたく、ないよ・・・」


「・・・退院したら、家に来ないかい?」

アンナ
「え?」


「生きる意味が見つかるまで、でもいいし、ずっといてもいい。少なくとも雨風は凌げるよ」

アンナ
「でも・・・」


「二人ぼっちでいるよりは、いいと思うんだ」

ジェシー
「なに、馬鹿なこと言ってるのよ、私たちはっ!!」


「その 声 は、最後に生きろといった。そして、君達は助かった・・・きっと、私だけでなく、君達にも生きろといったんだと思うよ」

ジェシー
「生きろ?簡単に言わないでよ・・・もう、私たちはっ!・・・アンナ?」

アンナ
「・・・もう少し、生きてみるよ・・・。ジェシーと一緒に・・・」

ジェシー
「アンナ・・・」

アンナ
「家の場所は、どこ?」


「退院の日が決まったら、教えて欲しい、迎えに来るよ。ああ、そうだ、もう一人男がいるけど、いい人だよ」


ジェシー
「なんで、そこまでするのよ?あぁ・・・あんた、さては、あたし達の体が目当てとかじゃないでしょうね?」


「君達は魅力的だと思うけれど、君達にはそんな気は無いだろう?」

ジェシー
「当たり前よ」

アンナ
「ジェシー、この人、そんな悪い感じしないから大丈夫だよ」

ジェシー
「そうかしら?アンナ、もう少し気をつけたほうがいいわよ」


「信用されてないかな、まぁ、そうだよね、いきなりだし」

ジェシー
「じゃ、どうしてそこまでしようとするわけ?」


「そうだね・・・。君達は、善きサマリア人の話は知っているかい?」

語り部

「ところで、君は自分の事も満足に出来ないのに、人を助けるな、とか思う?

 その癖、まだ国から面倒をみてもらうのか、とか思う?

 生産性の無い奴は死ねばいい、とか思う?

 それなら、年寄りや社会に適応できない人や、精神病、障害者も駄目ってことになるよね?

 でも、必ず存在するんだよね、そんな人たちは・・・どうしたらいいと思う?

 ・・・たまに思うんだけどね、、ちょっと過激なことを言うよ。

 それなら、そんな人たちをみんな殺しちゃえばいいんだと思うよ。

 だって、必要ないと思っているんでしょ?

 それなら、安楽死施設とか創ったりしてさ、自殺者も多いし・・・。

 自殺なんて痛ましい死を迎えるよりは、最期くらい安らかに逝かせてあげられないかな?

 それとも、最期まで迷惑かけるのか?死ぬなら自分で死ね、とか、考えちゃう?

 甘えだからとか言って、最期の慈悲すらかけてあげられないくらい、どうかしちゃってるのかな?」



「というわけなんだ、ボブ」

ボブ
「あ〜・・・でも、ここで4人だと流石に狭くねーか?」


「そうだね・・・」

ボブ
「俺は、また外に戻ってもいいぜ?」


「それは流石に悪いよ」

ジェシー
「狭いけど別に平気よ、外よりはずっとましだわ」

アンナ
「そうだね」


「・・・すまないけど、暫くここで我慢してくれないかな?・・・ちょっと考えてみるよ」


語り部

「同居人が増えたことで、小さなアパートでは手狭になった彼は、引越しを考えることにした。

 だけど、今住んでいる場所ではこれ以上広いとなると家賃が高いため、地方へと越してゆくことになる。

 彼にとっては、今の土地を離れるのは初めてのことだったらしく、生活保護が続けられるか?保護費が変わるからそれでも大丈夫か、など考えていたから・・・。

 恐らくは彼が一番不安だったのかもしれない。

 それでも新しい土地で、なんとかワンルームでプレハブのようだが、それなりに広い家を見つけることができた」


「なんとかいいところが見つかってよかったよ」

ボブ
「おお、なかなか広いな、まぁ、部屋数はまったくないが!」

ジェシー
「ちょっと広めの教室みたいな感じね」

アンナ
「でも、ここなら、みんなで住んでも狭くないね」


「まぁ、プライバシーがあまりないけど、ね」

ジェシー
「病院にあるような、カーテンレールをつければ平気でしょ」

アンナ
「そうだね、あ、私達は荷物がないけど、二人はあるんだよね?荷降ろし手伝うよ」


「私のほうもあまり無いよ、ギターとパソコンくらいなものだね」

アンナ
「パソコンがあるんだ」


「古い型のだけれどね、使うかい?」

アンナ
「あ、じゃあ、たまに使わせてもらってもいい、かな?」


「勿論さ、私は最近使ってないからね」

アンナ
「私、ちょっと前は詩を書いたりしてたんだ。手書きで書いてるんだけれど、溜まって来たら、パソコンに移したいなって」


「そうなのか、よければ自由に使っていいよ」

ジェシー
「あなたは、パソコン何に使ってたの?・・・あ、エッチなサイトとか画像とか集めてたり?」


「ははは、まぁ、若い頃は多少ね」

ボブ
「お、なんだ、牧師さんもそんなのに興味があったのか」


「流石に今は、あまり無いけれどね。絶食系というわけではないよ」

ジェシー
「襲わないでよね・・・」


「大丈夫だよ、そんなことしない」

ボブ
「俺もしないぜ!」

ジェシー
「本当かしら?」

アンナ
「ジェシー、そんなこと言っちゃ悪いよ。他には何に使ってたの?」


「そうだね、小説というか、物語を書いたりはしてたかな、まぁ、あまりいい出来のものじゃないけれど」

アンナ
「へぇ、見てみたいな」


「そうだね、また、書いてみるかな・・・」


ジェシーM
引っ越してから、数日たった時、アンナの具合が悪くなった・・・。
両膝を抱えるようにうずくまったアンナの顔は青ざめていた。


「落ちたか・・・そういうときは、横になってゆっくりと寝るのが一番だよ」

アンナ
「う・・っ・・・うぅ」

ジェシー
「私のせいなんだ、わたしの・・・ごめん、ごめんね・・・」

ボブ
「なぁ・・・もっと明るくいこうぜ?二人して暗い顔してても明るくはなんねーよ!」

アンナ
「ごめん、私が、私が、弱かったから、ジェシーを護れないで・・・私・・・私・・・」

ジェシー
「そんなことない!そんなことないよ!」

ボブ
「ほれ、ジェシーもアンナも自分を責めてばかりいねーでよ、俺のギターを聞け!」

アンナ
「うっ!!」

ジェシー
「やめてっ!!」

ボブ
「ぉおう!?」


「ボブの気持ちはありがたいけど、今は彼女に寄り添って、静かにしてあげるのが一番いいよ」

ボブ
「そう、なのか・・・わりぃ」

アンナ
「私が、私が、あの時だって、私が・・・一緒に死のうって・・・私のせいで、ジェシーを死なせるところ、で・・・全部、弱い、私がいけないんだ・・・」

ジェシー
「アンナは悪くない!悪くないよ!!弱くないよ!!・・・あの時だって、あの時だって、差別的なことを言われた時だって、アンナは精一杯、私を護ろうとしてくれたじゃない・・・」


「ジェシーはいつものように、アンナに寄り添ってあげるといいよ」

ジェシー
「・・・うん」

ボブ
「落ちるっていてたけど・・・アンナ大丈夫なのか?」


「発作みたいなものだよ、数日はよくわからない嫌な、とても嫌で苦しい、心の痛みが続くだろうけど・・・」

ボブ
「発作、か・・・」


「目に見えない分、厄介なんだ・・・。一番危ないのは、よくなってきたころかな・・・ふいにね、やっちゃうんだ」

ボブ
「よく知ってるんだな」


「経験したからね・・・」

ボブ
「じゃあ、牧師さんも未遂をしたことがあるのか?」


「私は、怖くてできなかったな・・・。死ぬことが、というよりも、その時の苦しみや痛みのことを考えてしまってね」


ボブ
「お・・・。アンナは寝たのか?」

ジェシー
「ええ」

ボブ
「あ〜・・・ジェシーもあんまり無理はするなよ?体、強くないんだろ?」

ジェシー
「無理しなければ平気よ」

ボブ
「いや、だから、無理をするなと言ってるんだけどな」

ジェシー
「わかってるわよ」


アンナ
数日たって、少しだけ気分が戻ってきた。
それを見計らっていたかのように彼に声をかけられた。



「具合は大丈夫かい?」

アンナ
「うん・・・少しはよくなったよ」


「よかった」

アンナ
「私、一生このままなのかな・・・」


「そうだね、治らないかもしれない。体の傷だって、ひどいものは一生の障害になるものもあるからね」

アンナ
「つらい、つらいよ・・・治らないかもしれないの?」


「人によるよ、治る人もいれば、一生治らない人もいる、、けど、体の傷と違って、心の傷は、誰かが癒してあげることができると思うんだ」

アンナ
「・・・私は一度死のうとしたよ、また、そうするとは思わないの?」


「思わないわけではないさ、だからこそ、そばにいるんだ。そばにいて、傷を支えるんだ」

アンナ
「私は、ジェシーを、、殺してしまうところだった、私の我侭で、私のせいで・・・」


「自分を責めるのはやめなさい、そしてもっと、彼女を頼りなさい、あの子なら、君を支えてくれる・・・そして、私たちもできることはするよ」

アンナ
「もう少し、がんばってみるよ」


「頑張らなくていい、自分なりでいいんだ」

アンナ
「・・・ありがとう」


ボブ
「アンナ、持ち直してよかったな」

ジェシー
「うん」

ボブ
「さて、景気づけに一曲弾くか」

ジェシー
「あまり煩くないので、お願いね」

ボブ
「おう、、そうだな、これなんてどうだ?」

ジェシー
「・・・その曲知ってるわ」


ボブが弾く曲に合わせて、ジェシーが歌う、その歌声と音楽が心地よく聞こえた。

アンナ
「・・・っ、ぐす・・・」


「大丈夫かい?泣きたい時は泣いていいよ」

アンナ
「うん、うん・・・。でも悲しいわけじゃないの、嬉しくて・・・嬉しくて・・・っ・・・」

ボブ
「歌、うまいんだな」

ジェシー
「暫く歌ってなかったけどね・・・。昔は、アンナの詩にあわせて歌ってたわ」

ボブ
「また、やってみればいいさ」

ジェシー
「そうね、もう一曲なにか弾いてくれる?」

ボブ
「勿論、いいぜ」


ボブ
そんなこともあったが、とりあえず、新しい町で、俺はまた前と同じように
小銭を集めるためにギターを弾いていた。
そこに女が声をかけてきた。


マリー
「いい音楽ね」

ボブ
「おう、ありがとな」

マリー
「あー、もっと聞いてみたいけど、これから行くところがあるから」

ボブ
「またぜひ来てくれよ!」

マリー
「これ、少ないけど、何か飲み物でも飲んで」

ボブ
「お、ありがたい、あとでコーラでも飲むかな」

マリー
「それじゃあね」


ボブ
「お、あんた、また来てくれたのか?」

マリー
「ええ、また聞かせてもらうわね」

ボブ
「おう!いいぜ!なんか好きな曲調とかあるか?」

マリー
「そうね・・・静かだけれど、力強い、そんな曲はある?」

ボブ
「ふぅ、どうだった?」

マリー
「よかったわ、ありがとう。・・・あ、もう時間だわ。これ少ないけど・・・」

ボブ
「お、ありがとな!」

ボブ
それから何度も、彼女は俺のギターを聞きに来てくれていた。


ボブ
「またきてくれたのか?」

マリー
「ええ」

ボブ
「なぁ、あんた、名前はなんていうんだ?俺はボブっていうんだ」

マリー
「わたしは、マリーよ」

ボブ
「マリーか、よろしくな!」

マリー
「ええ、よろしくね」

ボブ
「よっし!今日はどんな曲がいい?」

マリー
「そうね・・・」


ボブ
俺は、マリーを牧師さんに紹介するために、家に連れて来た。

ボブ
「牧師さん、紹介したい奴がいるんだ」


「おや?その人かい?」

ボブ
「マリーっていうんだ」

マリー
「はじめまして、よろしくおねがいします」

ボブ
「牧師さんの話とこの家のことは、マリーには話してあるんだ」

マリー
「ええ、ボブからある程度きいてるわ。私も生活保護なのよ」


「え?君も生活保護なのか?」

マリー
「ええ、普段はボランティアをしているわ」


「そうか、ボランティアをしているのか」

マリー
「ええ、私にも出来ることはないかなって思って」


「いいことだね」

マリー
「そうね、何もしないよりはいいかなって、おもってやってるわ」


「そうだね・・・。ところでアリとキリギリスの話は知ってるかな?」

マリー
「ええ」


「私たちは、きっとキリギリスに近いんだ。正直、私はキリギリスにもなれていないけれどね・・・」

ボブ
「そうか?そんなことは無いと思うけどな。俺は牧師さんと話してると楽しいぜ」

マリー
「その話って、実は他にもあって、ミツバチが出てくるのもあるのよ」


「ミツバチかい?」

マリー
「ええ、そう・・・。一見なんの役にも立たないことをしているミツバチだけれど、ミツバチが居なければ、草花の種は運ばれず芽吹かないって話」

ボブ
「そんな話があるのか」


「私も初めて聞いたよ」

マリー
「そう、あなたはもしかしたら、アリでもキリギリスでもなく、ミツバチかもしれないわ」

ジェシー
「ただいま」

アンナ
「あれ、誰か来てるの?」

ボブ
「ああ、マリーっていってな、おれのギターをよく聞きに来てくれるんだ」

マリー
「よろしくね」

アンナ
「アンナです、よろしく」

ジェシー
「ジェシーよ、よろしくね」


ボブ
牧師さんにマリーを紹介した後、俺はマリーの家に行くようになり、どんどん親密になっていった。


語り部
「さっきの続きだけど・・・。ふふ、まぁ、答えにくい問題だよね・・・でもね、そう思ってる人たちも居るんだよね。

 君のように、少し考ようとする人ならまだマシなんだけど、条件反射のように人権も人格もなにもかも否定して、死ねばいいって言う人。

 何も考えてないのかな?明日はわが身とか、考えてないのかな?

 本当にそんな風に思ってるなら、それなら徹底的にやるべきだと思うときはあるんだよね、冷たい社会だけどね。

 セーフティーネットも何も無い、本当に自己責任の社会、まぁ、社会に生きてる状態で本当に自己の責任だけってことは、無いと思うけどね。

 犯罪に巻き込まれても、何があっても自己責任、そんな風にすればいいじゃない。

 だって、自分のことはなんでも自分で出来るんでしょ?

 生活保護みたいに誰かの世話になるのは恥なんでしょ?

 自分だけは誰の世話にもなってないとか、そう思っているんでしょ?

 法律とか、憲法とか、警察とか、友達とか、何かに護ってもらっているということに、そんな人たちは気がついているのかな?

 それとも、それさえも自分一人の力だ、なんてこと、言っちゃうのかな?

 そんな人に限って、会社とか上司とか、強いものには何も言わないよね・・・。

 生活保護が悪であるなら、なぜそれがあるんだろうね・・・。

 必要ないと思うなら、法律を変えてなくせばいいのに・・・。

 ・・・ごめんね、かなり極端で白黒思想だったけど、たまにそう思うんだよね。

 でもそれをすると、今度はその人たちではない別の人たちが、同じようになるだけで、それはもう国家として破綻するみたいだね」


マリー
ボブとの間に子供が出来た、それを彼に伝えると、彼は難しい顔をしていた・・・。

ボブ
「祝福してくれないのか?」


「いや、祝福はするよ・・・。だけど・・・」

ボブ
「だけど?」


「子供の将来を思うとね・・・。こんな世の中だし・・・」

ボブ
「でも、俺達は、育てたいんだ!・・・俺達の子だから・・・」

マリー
「私も、勉強なら教えられるし・・・。産みたいの・・・育てたいの!」


「・・・しかし、育ててゆくには・・・」

マリー
「大変なのは、わかってるわ、でも・・・」


「私たちみたいなのに、子供が育てられるんだろうか・・・」

マリー
「私たちみたいなのは子供を育てて、幸せな家庭を築くことも許されないの!?・・・ぁ・・・すいません」


「いや、わたしの方こそ、すまない失言だったね。でも・・・私たちは社会に適応できない者の集まり、みたいなものだからね・・・」

ボブ
「金・・・か・・・」


「募金、でも、募ってみるか・・・」

語り部

「それから彼等は募金を集める為に人通りの多いところに立て札を掲げて立った。

 でも、彼は、正直すぎたんだ。

 自分達が生活保護を受け、生活に困っているから、これから生まれる子供のために寄付をして欲しいと素直に書いてたからね。

 そうなると通行人からの罵声も飛んでくることになる。


 一人で生きられないなら、ガキなんか生むな!さっさとおろせ!

 生活保護者はいる価値がない、死ね!

 国のお荷物め!

 税金をこんなクズの為に使われてるなんて!


 そんな言葉が投げつけられた」


ジェシー
「ひどい・・・どうして、平気であんな言葉が言えるの・・・」

アンナ
「レズビアンだからって、差別されたことはあった・・・けど、ここまで言われることなんてなかったよ・・・」


「同性愛は、別に税金がかかってるわけじゃないから、ね・・・。税金を納めてないのに、税金を使っている、だから、より彼等は攻撃的になるんだよ」

ジェシー
「同じ、法律で護られた権利なのに・・・」

マリー
「っ!・・・ぁ、うっ・・う・・・」

ボブ
「マリー、泣かないでくれ・・・」


「妊娠中のマリーにストレスを与えるのはまずい、な。募金は私一人でするよ、だから、君達は普段どおりの生活をして欲しい」

マリー
「でもそれだと、あなただけが、あんな、あんなひどい言葉を!・・・う、っ・・・ぅ・・・」

ジェシー
「交代でやりましょう!一人だと疲れちゃう、、疲れちゃう、から・・・」

アンナ
「そうだね、募金は私たちでやろう、ボブはマリーと一緒にいてあげて」


「私一人なら、あの類の言葉に傷ついて、打ちひしがれていたかもしれない。でもいまは君達がいるから、耐えられる。ありがとう」


アンナ
それから募金を集めるために、駅前に立つことが多くなった。
今日は彼が一人で募金を集めて、帰ってきたんだけれど・・・。


アンナ
「お帰り、大丈夫だっ・・・どうしたのその怪我!?」


「はは、まぁ、その、ね」

ジェシー
「何かされたの!?」

ボブ
「どうしたんだよ!?」


「いや、あまりにひどい言葉を言われて、つい、ね・・・」

ボブ
「そいつ、なんていいやがったんだ!?」


「私の口からは、とてもいえないよ・・・」

ジェシー
「あなたは、なんていったの?」


「売り言葉に買い言葉、かな・・・ただ、黙ってなにもしないのは、肯定してることと同じだからね」

アンナ
「私、薬買いにいってくるよ!」

ジェシー
「私も一緒に行くわ!」


ボブ
「牧師さん・・・募金の金は?」


「ああ、すまない、彼らに捕られてしまってね・・・」

ボブ
「くそっ!!・・・どこのどいつだ!見つけてぶっ飛ばしてやる!」


「ボブ、報復は報復を生むよ」

ボブ
「けどよ!」


「いいんだ、私のためを思うなら、私で終わりにして欲しい。・・・その気持ちだけでとても嬉しいよ」

ボブ
「・・・やっぱり、俺も手伝うぜ!」


「いや、ボブはマリーと一緒にいてやってほしい・・・。ギターで少しずつ稼いでくれればいいよ」

ボブ
「けどよ!ジェシーやアンナだって、牧師と同じ目にあうかもしれないだろ!?」


「彼らのような人たちも、女性には手をださないと思いたいんだけれどね」

ボブ
「思うのは勝手だけどよ、、そうもいかないと思うぜ!」


「確かに、やはり、私一人でやるべきかもしれないね」

ボブ
「いや・・・。俺もやるぜ、止めても一緒にやるからな!ギターは夜にだって弾けるからな!」


結局はみんなで一緒に、募金を集めることになった。
マリーには負担をかけたくないと言ったのだが、彼女も自分だけが楽をするわけにはいかないと、参加してくれている。

ボブ
「なぁ、ジェシーは歌がうまいし、、俺がギターを弾くからよ、歌ってくれないか?」

ジェシー
「歌えって、、急に言われてもね・・・」

ボブ
「てきとーにリズムに合わせて、なんかよ・・・。俺も途中で歌にあわせていくし、なんか知ってる曲とかあったら、それでもいいしよ」


「それはいいかもしれないね、ボブに教えてもらっても私はあまりギターが上達しなかったし、役には立たないから、募金集めに専念するよ」

ボブ
「牧師さんは、楽器を弾くのはあまり得意じゃないからなぁ・・・」


「ははは、コードで軽く弾く位ならできるんだけど、流石にあわせるのは、ね」

ボブ
「ま、少しずつだって!」

マリー
「みんな、私達のためにありがとう」

アンナ
「気にしないで、あ、思い浮かんだ詩とか書いてみるね」

ジェシー
「じゃあ、アンナの詩が出来たら、歌ってみるわ・・・ボブ、今は適当になにか弾いてくれない?」

ボブ
「おう!いいぜ!」

語り部

「冷たい言葉を投げつける人たちもいたが、なかには、黙ったままだけど、募金箱にお金を入れてくれる人もいた。

 こんなところに突っ立ているなら働け!そんな声もあったが、何ヶ月もかかったけれど、なんとかある程度のお金は貯めることができた。

 もちろん、国にはいくら集まったなどの申請を通してね」



「冷静になって考えてみれば、国に養育費を頼むこともできたかもしれないな・・・。私が無知でなければ・・・」

ボブ
「でも、自分達にできることで、金を集めることができたよ。確かに他人の金だけど、それでも・・・」

マリー
「みんな、ありがとう」


「・・・君達にはつらい思いをさせてしまった・・・すまない」

ジェシー
「・・・ぁ、あの、マリー!生まれてくる子供は男の子?女の子?」

マリー
「それが、実は、双子で、女の子と男の子みたいなの」

アンナ
「双子、、すごいね!名前とか決めてあるの?」

ボブ
「ジョシュアとマリアにしようと思ってるんだ」

ジェシー
「ジョシュアとマリア、ね・・・」

マリー
「どうかしら?」

アンナ
「いい名前だね、きっと、いい子に育つよ」

語り部

「ところで、君は、こんな話を知っているかな?
 イスラムだったかな?そこで言われている、天国と地獄の話なんだけどね。
 地獄では美味しいスープが用意してある、そしてみんなの分のスプーンも・・・。
 だけど、このスプーンはとても長いものだったんだ。
 地獄の人々は、スープをその長いスプーンですくって、自分だけが飲もうとしていた・・・。
 けれど、スプーンは長すぎて口に入らない、けど飲みたいから奪い合いになる、やがて奪い合ったすえにスープの入った鍋が倒れてしまい
 結局は、誰もスープを飲むことは出来なかった。
 天国でもまったく同じだったんだ、、けどね、天国では、長いスプーンで別の人に飲ませてあげて
 飲ませてもらった人もまた、別の人に自分のスプーンで飲ませてあげる・・・これで、みんなが飲むことが出来てたって話しがあるんだよ」



それから数日後、マリーが募金のお礼をしたいといい、彼女の家に集まることになった。


「おじゃまします」

マリー
「どうぞ、いらっしゃい」


「ボブは居ないのかい?」

マリー
「買い物に行ってもらってるわ。・・・あ、そこに座って待っててね、いま、美味しいもの作るから」


「楽しみだね、ボブはいつも君の手料理を?」

マリー
「ええ」


「それは羨ましいな」

マリー
「本当はもっと早く、家に招いたり、ご馳走したりしたかったんだけど、ごめんなさいね」


「いや、気にしないでくれていいよ」

マリー
「・・・あなた、あのときなんていったか覚えてる?ほら、ボブとの間に子供ができたって言ったとき」


「ああ・・・何といったっけ・・・。・・・そうだ、私たちみたいなのに、子供が育てられるのか、、そういった気がするな」

マリー
「ええ、そういったわ」


「あの時は、君を、怒らせてしまったね・・・」

マリー
「確かに、怒ったわ、怒ったけど・・・本当は、嬉しかったのよ」


「嬉し、かった?なぜだい?」

マリー
「あなたは、言ったわ、私たちにって」


「ああ」

マリー
「私とボブだけでなく、ここにいるみんなで育てて行くことを考えていたからでしょ?」


「いや・・・そこまで考えてはいなかったな、でも、できることならしてあげたいとは思ったよ」

マリー
「その気持ちが嬉しかったのよ・・・それが言いたかったの」


「特別なことをしたわけじゃないさ、私にはそんな特別なことはできない」

マリー
「あなた、冷静になればっていってたわよね?・・・私知ってたのよ、そういう制度があること」


「そうだったのか、、すまない、私が突っ走ったばかりに・・・」

マリー
「わたし、こう見えても実は結構、高学歴なのよ」


「そうなのか?すごいな・・・」

マリー
「すごくなんてないわ、ただ、勉強ができただけよ・・・。仕事は続かなかったわ」


「仕事は、大変だからね・・・でも、それをしている人が大半で、それが普通なのに、どうして、できなかったんだろう・・・」

マリー
「どうしてかしらね、あわなかったのかしらね?」


「社会の環境も影響があったんだろうな・・・」

マリー
「職が無くても、あなたのように誰かの助けをする人もいるわ」


「それなら、君のボランティアをしていることだって、同じさ」

マリー
「そうね、そうよね」


「・・・・・・」

マリー
「ねぇ、あなたはベーシック・インカムって、知ってるかしら?」


「ベーシック・インカム?・・・聞いたことくらいはあるが、詳しくは知らないな・・・」

ボブ
「おう!帰ったぜ〜!」

マリー
「おかえり、ボブ」


「やぁ、おかえり」

ボブ
「お、牧師さん、マリーの手料理はうまいんだぜ!」


「ああ、楽しみにしているよ」

ボブ
「っと、とりあえず、頼まれてた鶏肉だ」

マリー
「ありがとう」

ボブ
「お!良い匂いだな!今日は・・・こりゃ、ミネストローネか?」

マリー
「ええ、そうよ。あとは今買ってきてくれた鶏肉で作る、ハーブ焼きね」

ボブ
「お!美味そうだな、楽しみだぜ!」


「そうだね、楽しみだね」

マリー
「あ、それで、そのベーシック・インカムなのだけれど・・・」


「うん」

マリー
「生活保護をみんなに与える、と言えばいいかも。必要最低限のお金を働いている人もそうでない人もみんなに与えるの」


「・・・差別的なことは無くなるかもしれないね」

マリー
「そう、それよ・・・。みんなが平等にもらえるから、差別なんてなくなるわ」

ボブ
「それは、嬉しいけどよ・・・」

マリー
「どうかした?ボブ」

ボブ
「そいつが、当たり前になったらよぉ・・・」


「働く人が居なくなるかもしれない?」

マリー
「その懸念はあるかもしれないけれど、今よりは健全だわ。それに、働く人は働くわよ、なにも会社に行くことだけが働くこととは限らないわ」

ボブ
「あ〜・・・いや、俺が言いたいのはそんなことじゃなくてな、そのなんだ、心の狭いことを言うとだ・・・。今まで牧師さんやマリーにひどいことを言った奴らが手のひらを返さないかって思っちまうな」

マリー
「そうね。働け〜働け〜って、言ってた人の中にも、働かない人が出てくるんじゃないかしらね」


「・・・それは、確かにそうかもしれないけれど、私と同じ思いをする人が居なくなるなら、それもいいかもしれないね」

マリー
「ええ、そうね、私もそう思うわ」

ボブ
「で、いくら貰える様になるんだ?」

マリー
「大体、一人に付き、5万〜8万くらいみたいよ、学生でも乳児でも関係なくね」


「それだと、最低生活に必要な分には、足りない、ね・・・」

マリー
「そうね、生活保護よりも少ないわ。けれど・・・」


「そうだね、当たり前に、みんなが貰える様になれば、人が人を貶したり(けなしたり)することは少なくなるかもしれない。それは、とてもいいことだと思うよ」

マリー
「ええ、そう・・・。それに、もし足りなければ、みんなで住めばいいのよ。高いのは家賃位なものだから」

ボブ
「いい奴ばかりとは限らねーけどなぁ。そもそも、実現できんのか?それ」

マリー
「まだ、実現させた国は無いわ。けれど、そうしようとしている国はあるわ」


「そうか、ゲバラや嘗て(かつて)の共産主義や社会主義の人たちがやろうとしたことが現実味を帯びてきているのか」

ボブ
「競争の無い世界、か・・・確かにいいな。張り合いがないといえばそうかもしれないけどよ、今みたいな状態よりはいいかもしれないな」


「そうだね、私は常々、思っていたことがあってね・・・」

ジェシー
「こんばんわ〜!」

ボブ
「お!ジェシーとアンナが来たみたいだな、俺が出るぜ」

アンナ
「おじゃまします」

ジェシー
「いい匂い」

アンナ
「本当だね」

マリー
「二人ともいらっしゃい、もう少しでできるから、まっててね」

ボブ
「で、牧師さん、思っていたことってなんだ?」


「ああ、大したことではないんだけどね」

ジェシー
「なんの話?」

ボブ
「ああ、ベーシック・インカムの話をしててな」

アンナ
「それのことなら少し知ってるよ」

ジェシー
「わたしも」


「そうなるといいなって、話をしていてね。私はもう随分前から思っていたことがあってね、競争社会の限界なんじゃないかって」

ボブ
「競争社会の限界、か・・・」


「うん、競争の果てにあるのは戦争である。競争から区別が生まれ、区別から差別が生まれる。人は誰かと比べあい、自分を見失う。競争や争いをやめない限り、人は幸せにはなれないのではないだろうか?なんて、変な事を考えているんだ」

アンナ
「変、かな?」


「甘いと思われるかもしれないけれど、本当の意味での助け合い、そんな社会をつくるには、競争をしていては駄目なんじゃないかと思うんだ」

マリー
「それも一つの意見ね、でも、わたしもそう思うわ、少なくとも、、もう少し余裕があったほうがいいわね」

ジェシー
「・・・わたしも、そう思う、もっと誰かが誰かのためを思える、そんな世界がいいわ」

ボブ
「俺も、思ってることがあるんだ」


「なんだい?」

ボブ
「俺は、俺達の子供には、勉強ができるとか金持ちになるとか、そんなのよりも、もっと別の人間になって欲しいと思ってるんだ」


「どんな人間だい?」

ボブ
「牧師さんみたいな人間さ」


「・・・それは、あまり、おすすめできないな」

ボブ
「なんで?」


「私は、そんなに立派な人間ではないから」

ジェシー
「働いてお金を稼ぐことができないから?」


「まぁ、そんなところ、かな・・・」

ジェシー
「私は、普通に働いている人の中にだって、あなたよりひどい人間がいると思うわ」

アンナ
「そんな人たちも、病気なのかもしれないね・・・。自分がそうなったら、そう考えられない病気」


「誰かと比べても仕方ないよ」

ジェシー
「だったら、あなたも 普通 と呼ばれる人と自分を比べるの、やめたら?」


「そうしようとは思っているんだけどね、やはり比べてしまうんだよ」

ボブ
「でも、牧師さん、あんたがしたのは、特別なことだと思うぜ?・・・誰もができることじゃない」


「私のしていることは、特別じゃない、特別であってはいけないんだ」

アンナ
「そう、かな?私は、特別なことをしたと思うよ」


「困った人が居たら、あたりまえに助けられる、そうでなければならないんだ、、理想論だけどね」

アンナ
「夢や理想がないと、人は生きていけないよ・・・。それを教えてくれたじゃないか、私は、それをもらったよ」

ジェシーM
その次の日、今度はマリーを呼んで、私達は飲み会をしていた。
やがてみんな酔いが回り、横になった。
彼はまだ横にはならずに、パソコンに向かって何かを書いていた。
そんな彼に私は話しかけた。


ジェシー
「あなたは、誰のことも否定しないのね」


「そんなことはないさ、ただ、あまり口に出していうことじゃないから」

ジェシー
「じゃあ、いま口に出してくれないかしら?」


「急に・・・そういわれると、難しいな・・・」

ジェシー
「じゃあ、募金のときにひどいことを言った人たちみたいなのは、どう?・・・あなたの口からとても言えないような事を言った人たちは?」


「許せない、と、思うけれど、、でも、しょうがないとも思うな」

ジェシー
「彼らのような存在も?」


「ああ・・・そんな意見も、あるさ・・・」

ジェシー
「だから許すの?」


「前に、善きサマリア人の話をしたね?・・・助けた人と、助けなかった人の違いは一つだけだと思う。
 それは、助けたら自分がどうなるか、と、考えたか、それとも、自分がその人を助けなかったら、その人はどうなるか?、その違いなんだよ」

ジェシー
「大きな違いだと思うけれど?」


「そうでもないさ、彼らも・・・」

ジェシー
「それを当たり前と思う人もいるわ」


「そうかも、しれないね・・・」

ジェシー
「かも、じゃなくて、いるのよ」

ジェシー
「ただの馴れ合いの集団ではない、みんなが誰かのために力になろうとする、そんな場所をあなたは創ったわ・・・。小さな世界を、でも優しい世界を、あなたは創ったわ」


「私は、そんなにすばらしい人間ではないよ」

ジェシー
「あなたは、人のことはあまり否定しないのに、自分の事は極端に否定するわね」


「事実だから・・・」

ジェシー
「自分を認めてあげて、あなたが認めなくても、私たちは認めるわ・・・でも、少しずつでいいから・・・」


「・・・そうだね、なるべくそうしていきたいと、思っているよ」

ジェシー
「黙ってなにもしないのは、肯定していることと同じ、前にあなたはそう言ったわね?・・・その通りだと思うわ、いじめの問題でもなんでもね」


「私は、ただ、なるべくなら、そんなことがないようにしたかっただけだよ、自分が見える範囲だけでもね、だから別に、そんなに特別なことはしてないんだ」

ジェシー
「ところで、何書いてるの?」


「ああ、日記というか、ちょっとした文章をね」

ジェシー
「そう、書けたら見てもいい?」


「いいけれど、文才はないから、ね・・・」

ジェシー
「また自分を否定したわね」


「あ、ああ・・・ごめん」

ジェシー
「ふぅ、英雄気取りでヒーローになりたくて、頭では何が正しいのかわかっているのに、いざそのときになるとその一歩が踏み出せない人もいるわ、でもあなたは、踏み出したわ何度もね。・・・あなたは、とてもいい人よ」


「・・・ありがとう・・・。きりのいいところまで書けたし、少し、散歩をしてくるよ」


ジェシーM
これが、彼との最期の会話になった・・・。

ジェシー
「彼、遅いわね・・・」

ボブ
「どうしたんだろうな?」

アンナ
「探しに、いこうか?」

マリー
「そうね」

アンナ
私達は、彼を探した・・・。

ジェシー
「誰か、倒れて・・・あれって!!!」

ボブ
「牧師!?」

ボブM
人通りの多い駅前・・・。募金を集めた場所に、牧師はいた・・・。

語り部

「彼は、殺されたよ、虫けらのように・・・。血を流して倒れているのに、誰からも助けてもらえずに・・・」

ジェシー
「これだけ、人がいたのに・・・なんで、なんでよ!!!」

アンナ
「うそ!ねぇ、起きて!起きてよ!!」

マリー
「・・・そんな、こんなことって、こんな・・・」

ボブ
「マリー!!・・・」


語り部

「犯人達は捕まったよ、ただ、彼を殺した理由は、生活保護者だったから、社会のクズだったから、俺達はごみ掃除をしてやったんだ、、そういってたって」

ボブ
「マリー・・・大丈夫か?」

マリー
「・・・・・・」

アンナ
「う、うっ・・・」

ジェシー
「アンナ・・・。許せない、許せないよ、こんなの!!」

マリー
「・・・」

ボブ
「・・・」

アンナ
「・・・彼のパソコン・・・」

マリー
「彼のパソコン・・・?」

アンナ
「あの人、パソコンでなにか書いてたみたいなんだ・・・」

ジェシー
「・・・私が話していたときも、書いていたわ」

ボブ
「・・・なんだろうな、見て、見るか?」

マリー
「・・・そうね」



久しぶりに、何かを書くことにしてみる。
思えば、昔はこうやって文章を書くことが好きで、なにかしら書いていた。

久しぶりなので、日記というか、私が体験したことから、始めてみようと思う。

そう、ことの始まりは、寒い冬の日、いまとは違う場所に住んでいたときに、駅前で倒れていたボブを見つけたときから始まった。

それから、ボブと話をするようになり、親しくなった。

親しくなり色々な話をするうちに、彼は、私のことを牧師のようだと言い出し、牧師と呼ぶことにすると言った。


私は、教養もなく、あまり頭もよくないので、牧師と呼ばれると少々照れくさいが、、嬉しかった。

そして私は、彼を自分の家で一緒に住まないかと誘ったのだ。


それから、程なくして、アンナとジェシーという二人の女性とであった。

二人は雪の中に倒れていた・・・。救急車を呼び、それがくるあいだ、彼女達の手を握り祈った。

そのときに、神の声が聞こえた。

生きなさいと、神は言った。

今の家では狭いと考え、わたしは新しい場所に引っ越すことにした。
なんとか、うまくいって、ほっとしたのを覚えている。

それから、マリーという女性をボブが連れて来た。
なんでも、彼がギターを弾いているときに、よく来てくれたらしい。


マリーとボブの間に子供ができ、みんなで育てるためのお金を得るために
募金を集めたりした。ボブがギターを弾き、アンナが書いた詩をジェシーが歌う。
マリーと私も、そのあいだに募金を集める。
・・・そうした行動が久しく社会から離れていた私に達成感を抱かせた。

そのあとで、お礼をしたいといわれ、マリーの家へと招かれた。
マリーの作った、料理はとても美味しかった。
また出来ればご馳走になりたいものだ。

あれから・・・。そう、倒れていたボブを見つけてから、どれくらいたっただろう?
みんなが住むこの場所を、ジェシーは小さな世界と言ってくれた。

生きている価値が無いと思っていた私は、彼らに、みんなに救われた。

私が彼らを救ったわけじゃない、私が、彼らに救われていたのだ。

やはり、あまり文才が無いため、うまく書けないが・・・。

これは私からみんなに送りたい、心からの言葉だ。

みんな、ありがとう・・・。


ジェシー
「っ!・・・うわぁぁあああん!!」

アンナ
「うっ・・・ぐすっ・・・」

ボブ
「くそ、、くそっ!!」

マリー
「・・・彼の意思を、継ぎましょう」

アンナ
「・・・うん」

ジェシー
「それって・・・」

マリー
「彼と同じことをしましょう」

ボブ
「・・・そうだな、そうだな!!」


語り部

「彼の家にはその後も人が増えて、ボブのように結婚し、子供を生むものも出てきた。

 子供達は、彼らから言葉を学び、彼らが出来ることを学んだ後で、大きくなり学校へと行く。

 学校での子供達の生活も楽ではなかった。

 いじめとかあったからね。

 そんないじめから庇ってくれる友達や、家の人たちと護りあいながら生き続けた。

 仲間がいると、不思議と人間は生きていけるものだよ。・・・本心から死にたい人なんて居ないよ。

 そんな人はね、きっと誰からも支えてもらえなくて、理解してもらえなくて、手を差し伸べてもらえなくて・・・そんなのだと思う。

 働かないことが悪と言われるけれど、果たして彼等は悪なのかな?

 働くことが出来なかったけど、それでもギターを弾いて小銭を集め、そしてその音楽で仲間を励ましていたボブは?

 生活保護だけど自分にできることだけでもしようとボランティアをしていたマリーは?

 恋人のためにと自分なりに頑張ったのに、心が折れてしまい、心中しようとしたけど、それでも、もう一度生きることを決めたアンナは?

 一度は自殺という道を選んだけれど、それでも恋人と一緒に懸命に生きようと決めた、感情的だけど心優しいジェシーは?

 彼等は生きる価値がない人間かな?・・・牧師さんは殺されるほど駄目な人だったのかな・・・ねぇ、君はどう思う?

 ・・・自分にはそんな価値が無いし、出来ることもないって?

 そうかな?何かしら人は意味があって生きてると思うよ・・・君もね。

 ん?彼等の子供達がどんな大人になったかって?・・・ふふ、さて、どうなっただろうね?・・・この話を聞いた君はどう思う?

 わからないかな?なら、ヒントをあげるよ、彼が作った小さな世界は、いまもあるよ、この世界中に少しずつ、少しずつだけど、広がっているよ・・・。

 だから、いつか、きっと君の元にも来るよ、きっとね・・・」

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